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CHAPTER 3

なぜ今、この議論が必要なのか

「街中にカメラを」と聞いて、多くの方が警戒されるのは当然です。しかし、私たちが直面している問いは「監視社会にするか、しないか」ではありません。

監視は、すでに進んでいる

考えることを避けている間にも、私たちの身の回りでは記録が増え続けています。

これらの多くは、誰が、いつ、何のために情報を取り出したかを、第三者が検証する仕組みを持っていません。監視は、統治されないまま、ばらばらに広がっています。

問うべきは「監視するか、しないか」ではなく、「統治された見守りか、統治されない監視か」です。

忌避が止めているもの

民主主義の国々では、公共空間の監視について考えること自体に、強い拒否反応が起こりがちです。その結果、止まっているのは監視の拡大ではなく、監視を統治する仕組みの設計の方です。プライバシーを守りたいという思いが、かえってプライバシーを守る仕組みづくりを遅らせているのです。

同時に、子どもだけで外で遊べない、夜道が不安だ、という日常の不安は、そのまま残っています。

技術は、もう安い

スマートフォンの普及により、カメラ、計算、通信、記憶の機能を小さく安価な部品にまとめられるようになりました。街路灯は、すでに公共空間を網羅しています。公共空間を途切れなく見守る技術は、特別な装置ではなく、ありふれた部品の組み合わせで実現できる段階にあります。欠けているのは技術ではなく、社会が受け入れられる統治の仕組みです。

拡張ケルビン原理

「測れないものは改善できない」という考え方は、物理学者ケルビン卿の言葉として知られています。本構想の提案者は、これを社会に広げて次のように考えています。

信頼インフラ → 信頼 → 社会的受容 → 計測 → 理解 → 改善

社会の安全を改善するには、まず計測が必要です。しかし計測は、社会に受け入れられなければ行えません。受け入れには信頼が、信頼には、それを支える仕組み(信頼インフラ)が必要です。VRAIOは、この信頼インフラにあたります。


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FMPS+VRAIO:街路灯による公共安全インフラとAI出力の統治 | 藤井雄作(群馬大学)・NPO法人 e自警ネットワーク研究会
本サイトの内容は研究段階の構想であり、数値は試算です。